そんなんなら謝るな

先日に宮古島で市民団体に対して、まあ活動家みたいなものとも言われていますが、自衛隊幹部の発言が問題視されてそれに対する「謝罪」がありました。
コトの是非については議論しませんが「私の行動が威圧的だと捉えられたのであれば私の本意ではなく、そのことについては申し訳ございませんでした」ってのがどうにも引っ掛かる、タイトルに一部謝罪とありますがこれって謝罪なのか、自分にはとてもそうとは思えません。
威圧的と捉えたお前らが悪いと言っているも同然で、そんなんなら謝るな、まあ「本意」として謝っているつもりも無いのでしょうが、大声を出したのを映像で撮られたことで仕方なく、立場として黙りを決めることもできず面倒を避けたい上から言われて形ばかりが実態でしょう。

政治屋も同じ

似たようなのが失言騒動での政治屋です。
誤解を与えたのなら申し訳ない、は同じく誤解をしたお前らが悪いと謝罪のつもりはこれっぽっちも無いでしょうし、感じられません。
でも一般的には謝罪したと受け取られて、だから何も変わらない、そしてほとぼりが冷めたと見るや復権を許してしまう国民性向です。

便利な言葉

外交関係に多いですが岸田は内外関係無しだったか、遺憾、も便利な言葉です。
本来であれば抗議したり責任を追及したりしなければならないのに遺憾砲でごまかす、一見するとそれっぽいですが言葉の意味は「期待どおりでなく残念」でしかなく、つまりはお気持ちを表明しただけ、相手や事件に対して何かを言ったものではありません。
しかし世間的、と言いますかマスコミ的には不満、あるいは批判、非難したとされて決定的な対立を嫌う日本人的気質といったところか、もやります。
で、VISION2025の総括はあるのか「謝罪」はあるのか真摯なものとして、PDCAを期待されるものとなるのか、期待せずにまったりと待ちましょう。

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