人的補償は悪なのか

田中正の人的補償による日本ハムへの移籍が発表されました。
そして予想されたとおりに「可哀想」といった声があちらこちらに、斉藤コーチなどはその呼び方が何とかならないかと言いながらも最後は本音で制度について不満を漏らして、結局のところは原監督と同じで獲る側の勝手な都合で文句を言っているだけでしょう。
呼び方についての人的補償はNPBの規約には「選手の補償」としかなく金銭補償に対して人的補償とマスコミも含めて分かりやすく表現をしているだけで、まさか補償という言葉に問題があると指摘しているわけではないでしょうから人的がダメならマスコミらが使わなければいいだけの話です。
例えば選手補償とでもすればよいのか、それで解決するとは思えず結局のところ制度に対する不満を呼び方を問題視してごまかしているだけと考えます。

望まれるが吉

田中正は「心の整理がついていない」とはもちろんそう、一方で「戦力として選んでいただき光栄」もそのとおりです。
必ずしも選手の補償を選択しなければならないわけではなく、それでも日本ハムが田中正を選んだのは戦力として期待をしているということです。
裏を返せばソフトバンクが手放せない28人には入らなかったのですからどちらが幸せか、試合に出場することよりもそのチームでプレーをする方が大事であれば話は別ですがそうでなければ例えば小野はロッテへの移籍を残念に思っているのか、酒居は、古くは一岡は、聞いてみるのがよいでしょう。
あれこれ噂になることについては現役ドラフトだってそうですし、トレードだってやれ糸原が候補だとかネタにしている評論家も少なくありません。
それらと何が違うのか、それが理由でFA権の行使を躊躇するなんて意見も見かけますがそんなわけもない、金銭面や出場機会で移籍を求める選手がそのために誰かが代わりに移籍となるかもしれないから思い留まったなどという話は寡聞にして承知していませんし、あっても残留の理由付けにしているだけで移籍会見で涙するのと同じで残留にしても金で動いたと言われたくない、日本人特有の外聞を気にしなければならない風潮によるものです。

真似るなら徹底的に

メジャーではそんなものは無い、との主張には都合のいいところだけを真似るのではなく選手の補償の代わりにドラフト指名権を代わりにすればよいです。
ドラフト会議とFAの前後関係で翌年分にして即戦力を求めるのか新人を求めるのかで考えも割れて、どうせならサラリーキャップ制も導入しましょう。
FA権取得期間も選手会が望むように短縮してしかし行使ではなく無条件に保留者名簿から外して、それで再契約ができなくても恨みっこ無しです。
ここのところやたらその発言が取り上げられている高木豊は屋鋪とともに解雇されたときに「これまでチームに貢献してきたのに」と恨み節でしたが、そういった球団と選手の持ちつ持たれつの関係をぶった切って導入したのがFA制度なわけで甘えたことを言うなと呆れたのを覚えています。
これらができないのであれば日本流FAでよし、選手の補償はプロテクト枠の人数もいい感じに機能していてバランスも取れていると高く評価します。

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